チャーリーは俺によく突っかかってくるし、嫉妬もするし、すべてのことを知ろうとする。

俺の視線の先にあるものを調べては、何を何秒見ていたかまで把握して、何かを計算しようとするんだ。

この間も突然、何を思い至ったのか俺の目の前でメモを取り出し、俺が触れたものを次々にリストアップして数式を書き込んでいた。

これが実家の庭だったからまだ良かったものの、外でやられると大変だ。

木の幹、外壁、落ち葉の1枚1枚に至るまで、お前は鑑識かと突っ込みたくなるほど丁寧に観察する。

もはや狂気とも言えるレベルのストーカーで、普通の人間なら警察を呼ぶところだぞと絶句せざるを得ない。

ただ、おそらくだが。

自分のことに関してはまるで無頓着なところがあるので、俺もそれなりにお前を見てるんだと伝えるべきか悩むんだ。

◇◇◇君は僕のの上◇◇◇

「うわ…すごい腹筋。この腕見てよ…どこをどう鍛えたらこんなになるんだろう」

時刻は深夜0時。

9時過ぎにアパートを訪ねてきたチャーリーは、今日も一通り俺の荷物をチェックし、浮気の痕跡がないか調べた後、シャワーを浴びてバスローブに着替えてきた。

無造作に拭かれた頭のまま、ソファーに腰掛けテレビを食い入るように眺めている。

画面に映っているのはパトカーの警告灯と数人の捜査官で、途中から見始めたのでタイトルは分からないが、おそらく刑事ものの映画だ。

主人公らしき若い男が服を脱いだシーンで、その鍛え抜かれた肉体にチャーリーが再び「ワオ」と呟いた。

「そんなに面白いか?」

俺はわずかに首を傾げた。

確かに体格は良い。主人公だけあって体を仕上げているのは分かるし顔も整っている。

ただ、FBI捜査官である自分から見ればこの程度のストーリーは日常茶飯事で、取り立てて面白いと思えるほどではない。

なんなら今日解決してきた事件の方が危なかったぞと思うものの、口に出すとチャーリーが心配するであろうことが分かっているので黙っていた。

「面白いっていうか……うーん……格好良いよね、この俳優。結構好きなんだ」

画面に釘付けのまま、こちらを見もせずに放たれた意外な言葉に俺は一瞬目を丸くする。

驚いた。

今までチャーリーから聞いたことがあるのは数学の話がほとんどで、テレビに映る誰々が好きだなんて聞いたことがなかったからだ。

こいつにも俳優の好みがあったのか。

俺は再度視線を画面に戻し、“好き”と示された主人公をまじまじと観察した。

―――まず若い。

おそらく自分より若い。どちらかというと駆け出しの俳優くらいの印象だ。

髪は短髪で、色素は薄め。

瞳は青色で―――筋肉質で。

声は少し高いがよく通る心地良さがある。

誰かに似ている、と思ったところで、そういえばと身近な男を思い出した。

「コルビーに似てないか?」

「ああ……そう言われるとそうかも」

チャーリーは今気付いたかのように納得し、それから笑った。

そして何事もなかったかのように―――むしろ謎が解けてスッキリしたと言わんばかりに上機嫌になり、再び視線を画面に戻す。

おいおい。

俺は思った。

別にお前の好みがどうだろうが俺は構わないが―――

仮に俺が同じことをお前に言ったら、お前は目の色を変えて怒り狂うだろうに。

どこが好きなの?
それって付き合いたいって意味で?
どのあたりに魅力を感じるの?
もっと分かりやすく説明してよ。

次から次へと飛んでくるであろう質問を簡単に予測できる。

なのにこいつは、俺に対しては平然とそれをやってのけるんだ。

俺が嫉妬するとは思わないのか?

心の中で問い掛けた。

そうしてしばらく考えた末、おそらくこいつはそこまでのことは全く考えてないんだなと思い至る。

チャーリーは俺に対しては過剰と言えるほどの危機感を持っている。

身近にある危険――おそらく男女関係的なことだが――をどこまでも調べて、可能な限り俺の周りのそれを阻止または非難しようとしてくる。

がしかし、逆の立場で考えるという視点が全くないのか、俺が“弟”に嫉妬するなどということは微塵も考えていないのだ。

数学のことで侮辱されると激昂するくせに。自己評価が高いのか低いのかまるで分からない。

俺はひとつ溜め息を吐くと、たまには思い知らせてやるかとチャーリーに歩み寄った。

「あ……ドン、そこ…テレビが見えない…」

「見るなよ」

「え?」

わざと見えないように画面の前に立つと、チャーリーは驚いたように俺を見る。

「見るなって言ったんだ。ここに来てもう何時間になる? いい加減待ちくたびれた」

俺はソファーに腰掛けるチャーリーの目の前でしゃがむと、不機嫌な表情を作った。

そうして右手を伸ばし、癖のある巻き髪を人差し指で掬い取る。

そのまま顔を近付けて耳を噛んでやると、チャーリーがびくりと震えてソファーの背もたれに体を沈ませた。

予想外のことに顔を真っ赤にし、目を泳がせているこいつを横目で見るのが面白くて、更にからかってやりたくなる。

「この歳になって妬きたくないんだ。……分かるだろ?」

そう耳元で囁いて瞳を見ると、案の定気の毒なくらい動転していた。

「あっ…えっ… ド…ドン…ごめん…消すね…!? 全然そんな…そんなつもりじゃなくて…」

耳まで真っ赤にしながら、蒸気が出そうな顔であたふたしている。

慌ててリモコンに手を伸ばしたが、動揺のあまりどのボタンを押せばテレビの画面をオフにできるのかさえも分かっていないようだった。

俺を見つめたかと思うとすぐに視線があちらこちらに飛び、口を開いたかと思えば真一文字に結ぶ。

俺はついに堪えきれなくなって、喉の奥からクッと笑い声を出した。

「…っ―――悪い悪い。冗談だ。お前があんまり夢中だったから」

拳を口元に当て、未だに零れる笑みを隠すようにする。

チャーリーはまだ事態が把握できていないのか、頬を赤く染めたまま瞬きを繰り返していた。

「消さなくていい。見ていいぞ。俺は明日も早いからもう寝るけどな」

俺はテレビのリモコンをその手から取り上げて再びテーブルに置くと、画面の中の“コルビー”を視線で示した。

きっと、チャーリーのストーカー癖を増長させるのは俺のこういうところだろう。

いくら計算しても読めなくて、何が本気で何が嘘か分からないとたまに言われることがある。

当たり前だ。俺はお前に俺の全てを読み切られるのが嫌で、わざとこうやってるんだから。

数学の知識ではお前に敵うと思ってもいないが、5年長く生きている分くらいは余裕を持っているんだと示させてもらうぞ。

そう。仮に俺がお前の周りの奴等に妬いたとしてもだ。

俺はチャーリーに背を向け、寝ると言った言葉通り振り向きもせずにベッドに向かった。

あいつからはまだ何の言葉もない。責めていいのか謝ればいいのか答えが出ないんだろう。

きっと今も俺の言動を思い返して頭の中で数式を書き散らしてる。

俺が本当に妬いているのか、それとも冗談なのか。

中途半端に煽られ、高まった熱をどこに持っていけばいいのかも。

案の定、チャーリーはそれからすぐに俺を追いかけてベッドに潜り込んできた。

そうして自信がないような顔をしながら、「……怒ってる?」と俺の瞳を見つめる。

テレビの画面は既に消されていた。

俺はそれなりに―――数学者を計算通りに操れるなら自分の計算も捨てたもんじゃないなと心の中で笑った。

そうして布団の中でその手を引くと、チャーリーを組み敷いて甘い口付けを落とした。

---fin---

2021.9.9

inserted by FC2 system