※投稿サイトのpixivに投稿したお話、カップリング無しの短編です。

ふらっと立ち寄ってお読み頂いた方に興味を持ってもらうならギャグだろう…と思い投稿しましたが、公式関係者様に見られたら死ねるレベルで申し訳ないので一瞬で撤去しました。

某所で見た、「二次小説書きたいけど書き始めが難しい」というお悩みに対して
「そんなもん『突然受けの服が弾け飛んだ』でいいんだよ」「むしろそれで書き出したお話が読んでみたいんだよ」
的な御指導をされていたのが面白く、そのネタを元に書いています。

いかに自然に服を弾けさせるかに力を注ぎましたので、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。それではどうぞ。

突然、ラリーの服が弾け飛んだ。

バッシャーン。
チャリンチャリンチャリンチャリーン。

凄い音を立てて、その破片がコンクリートの床に飛び散る。

ラリーは遠い目をしながら、飛散した金属板とあちこちに転がっていく銅線の輪を眺めた。

「また失敗のようだね、チャールズ」

◇◇◇突然受けの服が弾け飛んだ◇◇◇

「おかしいな……。計算ではこの重さと結びの強さで服として機能するはずなんだけど」

チャールズと呼ばれた天才数学者――チャールズ・エドワード・エプス、通称チャーリーは顎に手を当てながら、転がっていくそれらを拾いもせずにホワイトボードに向かった。

せめて服が弾け飛んだラリーに毛布でも掛けてあげてくれ、と言いたいところではあるが、猛スピードで黒のマーカーペンを走らせ始めた彼の耳には既に届かないであろう。

ラリーは目を閉じて溜め息を付くと、白のTシャツにトランクスという貧相な出で立ちで、ソファーに掛けてあった自らのガウンを羽織った。

「チャールズ。……もはや何回目の決め台詞だろうと思うけれど、宇宙も人もねじれやゆがみで満ちている。もっと冗漫で複雑なアプローチが必要だと思うよ」

控え目な声で告げられたそれだったが、チャーリーは聞いているのかいないのか、白のそれに流れるような数式を書き連ねていた。

ラリー・フラインハート。先程服が弾け飛んだ男と言えば分かりやすいであろう。

ソファーに腰掛けて素足をさらけ出している彼は、チャーリーと共に南カリフォルニア工科大学に勤めている物理学博士だ。

ラリーの方が一回り近く歳が上だが、互いの専門分野の関わりも深いことから、彼等は特段に仲が良かった。
共に遊び心ある実験をしたことも数多くあるし、真面目に結果を出してきたことも多い。

今回のこともそうだ。

例の如くチャーリーに「試したいことがあるから来て」と呼び出され、ラリーが彼の研究室にやって来たのも束の間、大した説明もないままに「じゃあ、これ着て」と金属の塊のようなそれを渡された。

着て、と言うからには服だろうと推測したものの、ガッチガチに組み立てられたそれは長細い鳥かごのようで、どこから腕を通したらいいのか小一時間悩んだくらいだ。

1回目は身に着けようとした瞬間に弾け飛び、2回目は身に着けた直後に弾け飛んだ。

チャーリーがそれらを拾い集めて組み立てる間、文句の一つも言わずに待っていたラリーを誰か褒めてあげてほしい。

しかし3度目の試みも破片と共に飛び散った今、そろそろ口を出させてもらってもいいだろう。ラリーは思った。

チャーリーの試みには無理がある。

なぜならば彼が先程から作ろうとしているのは、古代の装備“チェインメイル”、日本で言うところの“くさりかたびら”なのだから。

「ここの連結部位をもう少し……激しい動きにも耐えられるように遊びを持たせた方がいいのかな。でもそれだと隙間から刺された時に意味が無いよね。
どう思う? ラリー」

「刺されまいとするのか飛び散るまいとするのか、どちらを優先するかによって答えは変わるよ、チャーリー」

ラリーは床に散らばった数々の鉄板、銅線、鎖、針金を指して神妙な面持ちで答えた。

そもそもなぜ、チャーリーが実用化までは程遠そうなそれを作ろうと思ったのか。
明確な理由は1つだ。

彼の兄であるドン・エプスが、悪漢によりナイフで腹部を刺されるという重傷を負ったからである。

FBIの特別捜査官である兄は一時は生死の境を彷徨う深刻なダメージを負い、弟であるチャーリーもその経緯を病院で目の当たりにした。

ベッドに横たわる兄を見て取り乱したチャーリーの姿はまだ記憶に新しく、一種のトラウマになっているであろうことは容易に推測できる。

幸い、兄は回復して職場復帰も果たしたわけなのだが、再発防止のための具体的な策が講じられたわけではないことには誰もが気付いていた。

FBIのメンバーが身に着けている防弾ベストは弾は防ぐけれど、垂直に突き立てられるナイフを防ぐだけの力は無い。

ましてやベストの名の通り、胸以外の部位は丸腰なのだ。

ゆえに、トラウマを抱えたチャーリーがどうにかして兄の身を守ろうと検討した結果、チェインメイル――輪にした銅線や金属板を繋ぎ合わせて服の形にしたそれらで、全身を覆ってしまおうという結論に達したわけなのである。

「目以外の主要な部位はすべて覆える構造にしたいんだ。そして下に従来の防弾ベストを着用する。これなら刺されても金属が受け止めるし、下のベストで弾も防げる」

チャーリーはホワイトボードに人体の絵を描きながら、頭、胸、腕、足のすべてに囲うような円を描いた。

目の部分だけが、銀行強盗犯のように長細く残されている。

理由が理由なだけに、「君は馬鹿かい」といった類の指摘をするのはどうにも躊躇ためらわれる。

ラリーは額に手を当て、顎に手を当て、何度も視線をさ迷わせながら言った。

「言いたいことは分かる。……お兄さんにあんなことがあって我々もショックだった。出来ることがあるなら私も力になりたいよ、チャールズ。
何度服が空中分解しても、その気持ちは変わらない」

「うん」

「しかし……その、再び組み立てる前によく考えてみてほしい。超合金ロボットを彷彿とさせるそれらの重量がいくらあるのかを。
すぐに飛び散るから重さがないように感じるけれど、仮に形状を保ち続けるとしたら、それらを背負ったまま音を立てずに犯人に忍び寄るのがどれだけ難しいかを」

「……」

「私が犯人なら、徐々に息切れし始める捜査官を見て思うだろう。これは容易に逃げられる、と。
撃ったり刺したりする気力は削がれる代わりに、駆けっこでは負けないという自信を得る」

「……」

確かにそうかもしれない、とチャーリーは思った。

しかし撃たれたり刺されたりする確率が減るという点では、目指すべき姿は正しいとも言えるだろう。

まだ改良の余地はあると考えたところで、ラリーは続けた。

「そして、逃げるという観点で考えてみてほしい。
当然ながら犯人が逃げたらお兄さん達は追い掛けるだろう。途中で何人もの一般人とすれ違うはずだ。
万一取り逃がしたら、翌日にはSNSで彼等の写真が拡散されるに違いない。
一目見たら原因が分かるそれには、“だから遅いんだよ”とか、“時代錯誤”などというハッシュタグが付く。
そういう形で彼等がバッシングに遭うのは、君も望んでいないはずだ」

「……」

確かにその通りだ、とチャーリーは思った。

ナイフを貫通させないという一点においてのみ照準を絞ってきたが、その姿を見た一般人がどう思うかという客観性に欠けていた。

捜査官の命は守れるけれど、彼等の名誉は守れない。

仮に犯人逮捕に至ったとしても、拡散された写真たちは別の意味で話題になること請け合いだろう。

チャーリーは唇を結んだ。

「さらに、致命的な欠点が他にもある」

「何?」

「先程我々に起こったことを思い返して、床を見てほしい」

「うん?」

「これが事件現場で起こったらどうなるかを」

バッシャーン。
チャリンチャリンチャリンチャリーン。

ドン、デビッド、コルビー、それぞれの服が弾け飛んだ姿を想像してチャーリーは吹いた。

ラリーも吹いた。

「……っ……仮にどんな状況だったとしても……っふふっ、四散した破片で……っくくっ……現場は大変なことになると私は思う。
静かな場面でも……緊迫した場面でも……っははっ、笑いを引き起こすだろう。
ましてや君のお兄さんが……っくくっ、それを許すはずもない」

「ラリー、っははは、ごめん、ラリー、やめて」

「君も見ただろう? ……っはは、私の服が弾け飛んだのを。
あれを何人分もやられてみたまえ。目の前で見た犯人がどういう……っふははは、気持ちになるか……」

「ちょ、あっはははは……」

「膝から……っくははは、崩れ落ちる……」

「もうっ……っはははは、苦し……」

二人は吹いた勢いのまま、涙が枯れるまでひとしきり笑った。

そうして、落ち着いた頃に結論を出した。

兄の身は守りたいけれどこの装備は違うであろうということ。

仮に完成したとしても、おそらく誰も着てくれないであろうということ。

そして当分は今日のことを思い返しただけで吹き出してしまう危険性があるということだ。

「……いい考えだと思ったんだけどな。ドンにもう2度とあんな目に遭ってほしくなかったから」

「生命の危機に遭うか辱めの危機に遭うか、選ぶのは彼だからね」

今も、チャーリーの研究室の片隅には大きなビニール袋に入った金属片と銅線たちがある。

それらが一体何だったのかは、二人だけの秘密だ。

---fin---

2022.1.23

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